What goes around the world but stays in a corner?
A stamp
クリスマス休暇にミネソタに帰っていた友人からのメールで使われていた言葉。"...too much activities, the overnight plane ride, ...We had fun, though, and even had a snowstorm!" 充実した、しかし非常に多忙な時間を過ごした友人一家。Snowstormは "icing on the cake" だったそうです。
英辞郎で調べてみると、
【1】 《the ~》(絶対に必要ではないがあれば喜ばれる)飾り、余分{よぶん}な装飾{そうしょく}、蛇足{だそく}
【2】 《the ~》添え物、花を添えるもの、さらなる楽しみ、最高{さいこう}
とあります。基本的に良い意味合いで使われる言葉だと思っていたのですが、本当のところはどうなのでしょう。わたしには、吹雪を楽しむことなどできそうもありません。
友人夫婦によると、"something unexpected"、"something extra"という意味で、良い意味合いでしか用いないそうです。スコットランド出身の知人にも確認しましたが、やはり良い意味合いでしか使わないとのこと。「蛇足」という定義は余計かもしれませんね。
Langue de belle mère、直訳すれば「美しき母の舌」でしょうか。Belle mère、つまり美しい母とは、義母のこと(義父は beau père、義兄弟は beau frère、義姉妹は belle sœur)です。初めて聞いたときには、「古い女呼ばわりの日本語と違って、美しい呼び名だなぁ」(ついでに、beau pèreは馬の名前じゃなかったんだなぁ)と思いました。
ところが、呼び名は美しくとも、姑というのは世界中どこに行っても口煩いものなのでしょうか。タイトルのlangue de belle mèreは、吹き戻し(巻き笛)のことだそうです。やたらと伸びる(動く)、やかまかしい姑の舌ってことなんですって(分らない方は、イメージ検索してみてくださいね)。
ちなみに、英語のmother-in-law's tongue (langue de belle mèreにも、こちらの意味もあります)はサンセベリア(sansevieria)。こちらもイメージ検索していただくと一目瞭然ですが、長く尖った葉を持つ植物です。
う~ん、いつか(20年後くらい?)は義理の娘ができる(であろう)身としては、なんだかフクザツ。
ずいぶん更新をサボってしまいました。頚椎のヘルニアが悪化し、思うように仕事ができない日が続いていたのですが、ようやく調子が出てきました。
最近、子供の学校の母親仲間で、月に2度ほど美術館めぐりなどをするようになりました。今日は年末~年明けの計画を立てたのですが、"After Chirstams"の予定について、なかなか話がかみ合いませんでした。
これまできちんと考えたことがなかったのですが、"After Chrsitmas"と言えば年明けの仕事始め以降を指すのですね。たしかに、冬の休暇は「クリスマス休暇」と言いますものね。仕事始めは1月2日で、「三箇日」とか「松の内」なんてありませんものね……。
日本人にとってはクリスマスよりお正月の方が大きなイベントですし、『クリスマスのあと』は『お正月』だと思いませんか? クリスマスは年内のイベントで、新年を祝うのとはまったく違う感覚で過ごしていましたが、欧米の人にとっては"New Year's Day"まで含めてクリスマス週間という感じでしょうか。
クリスマスカードには当たり前のように"A Happy New Year"って書いていたくせに、"After Christams"が仕事始めを指すことは分かっていませんでした。
日本人が「クリスマスのあと」と聞けば、12月26日以降のことだと思うのではないでしょうか。とすると、これは誤訳になりますね……。
電車に揺られながら『問題な日本語』を読んだ。帯には「変な日本語にも理由(わけ)がある」の謳い文句。普段から気になっていた、一見問題がある用法が使われるようになった経緯、理由が簡潔に説明されており、なかなか勉強になった。
服を買いに行くと店員の言葉遣いに違和感を覚えることが多い。昨日思い切り引っかかったのは、「おサイズのほうはよろしかったでしょうか」という言葉である。
(1)「おサイズ」→本来外来語には「お」はつけない。
(2)「~のほう」という言い回しは乱用されている感がある。
(3)「よろしかったでしょうか」はなぜ過去形なのか。
「~のほう」には、物事をぼかしたり遠まわしにして言う用法がある。「給料はどうなの?」と「給料のほうはどうなの?」では、後者のほうが慎み深くなるというわけだ。「~のほう」はまた、何らかの対比、比較がなされている場合にも用いられる。パスタとコーヒーを頼んだ場合に「コーヒーのほうをお持ちしました」と言うのは正解、コーヒーしか頼まなかった場合は不正解だそうだ。
「サイズのほう」という場合は、客に対して慎み深く……とも取れるし、「デザインが気に入ったかどうかはともかく、体型にあっているか」という意味とも受け取れる。そう考えると理にかなった使い方なのかもしれない。
(その2に続く)
「よろしかったでしょうか」、これは試着してサイズが合っているかどうかを確認した、その行為を過去のこととみなすなら、過去形が許容される。この表現に違和感を覚えるのはむしろ、知っていることを相手に確認する過去形の用法(「山田さんでしたね」)と、知らないことを相手に訊く「~でしょうか」が同時に使われているためだとか。それならば、サイズが合っていたかどうかは店員の知らないことなのだから、やはり「サイズはよろしいですか?」、「サイズはいかがですか?」と訊くべきなのだろう。
自分も知らずに誤用している言葉は多い気がするので、人の揚げ足を取るつもりはないのだが、やはり気になるものは気になる。試着の途中で着脱の容易なサンダルを貸してくれて、「こちらを履かれてください」。自分の好みを伝えると「ホントですか?」。「ホントですか?」は誤用というより態度の問題だが、何度も言われると気になる言葉だ。「さようですか」、「承知しました」は無理でも、肯定的な言葉を使って欲しいと思う。
話は変わるが、最近気になっている表現に「荒らげる」と「さわり」がある。「荒らげる」は「荒げる」と表記されていることが多いのだが、これは「ら」抜きの一種なのだろうか? また「さわり」は本来、曲の一番盛り上がる部分、または話の要点の意味であるが、「冒頭」の意で使われていることも多いようだ。「冒頭」の意を語義に載せている辞書もあるから、言葉は変化していくものと受け入れるべきなのかもしれないが、翻訳者たるもの、使い方には慎重でありたい。
日記・コラム・つぶやき | 書籍・雑誌 | 言葉
Recent Comments